子供の時のたぶん肺炎?!

画像小学2~3年だったと思う
風邪のような症状が昂じて
身動きもままならぬ状態になりました

それでも親は医者に連れて行かない
当時共働きの両親は枕元に味噌を付けた
オニギリを置いて仕事へ出かけた

今なら虐待と言われそうな処遇です
彼らは大正生まれの戦中派

戦時中の過酷な体験から
風邪などは病気の範疇に無いらしい

咳き込む時に
ひどく胸が痛んだ記憶があります
6日位すると急に痛みが引いて
咳き込むたびに膿のような
ドロドロしたタンが沢山出て
7日目には飛び跳ねるほどに回復した

父はもういないが
今でも母親は薬を飲まない
ホットケ・・・治るで通した88歳
説得力がある

しかし子孫たちは薬づけ
(酒づけもいたとか)
貴重な家訓は守られていない

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この記事へのコメント

うめさん
2007年09月29日 15:25
こんにちは。病気で発熱した時、簡単に解熱はせずに熱で体の菌を殺すと言う方法が最近見直されてきてるそうです。とは言え、先日扁桃炎を患った時は高熱の度に解熱剤が手放せませんでした・°・(ノД`)・°・
安定剤も健康な人が飲めば毒にしかならないと言う話も聞いた事がありますし…。
本当は薬を飲まない事が「毒物を摂らない事」なんでしょうけど、病気の時は病院や薬に頼ってしまうのが人情でしょうか。
りょう
2007年09月30日 05:12
コメントありがとう

人体で猛烈に繁殖する菌は36・5度が最適なので
自然治癒力がわざと体温を上げて
菌を弱らせて退治するんだそうですね

僕は血圧の薬を飲んでます
運転からはずされますし・・・

でも母親の場合は半端ではありません
77歳の時 喜寿の記念にと市から血圧計
を貰いました

計ってみると
上が180の下が110もありました
医者に連れて行こうとしましたが
頑として受け付けません

いつ脳卒中で倒れるのかと
気が気でありませんでしたが
あれから10年 88歳になりました

足腰は弱ってきましたが
病的という感じはありません
歩けますし自分の事は何でも出来ます

戦時中の生きるか死ぬかの
極限を体験した人
限定なのかもしれませんね

僕に血圧の薬を放棄してリバウンドを
跳ね返す信念はまだありません

痛い時苦しい時はすがってしまいますよね
またコメント宜しくです。

































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