信長の鉄砲隊を封じる作戦とは・・・

NHKその時歴史が動いた 上杉謙信おそるべしよりVol2

信長の露骨な挑発に
いよいよ謙信は越後から西へ向かって動き出します

謙信は上洛の途上
能登半島にある七尾を勢力下に収めようとします
七尾を押さえれば越後から大量の兵糧を船で運ぶ事ができます
西を目指す謙信には必要な拠点でした

これを知った信長は焦ります 「七尾を謙信に渡してはならない」
琵琶湖の東岸 安土城から柴田勝家 前田利家 羽柴秀吉からなる
4万の主力部隊を七尾に差し向けます

七尾から80キロ南 加賀の中央を流れる手取川
謙信はこの地で織田軍を迎え撃とうとしました

当時上杉軍は槍や騎馬が主体でした
大量の鉄砲を揃えた織田軍とは装備に差があります

しかし謙信は鉄砲の弱点を知っていました
「鉄砲は夜に弱い」標的が見えない夜の合戦に持ち込み
鉄砲の威力を封じようとしたのです

暗闇でも統率が取れるように「山か?」と問えば「ふもと」
答えるように徹底的に「合い言葉」の訓練がなされていました

織田軍は既に七尾が謙信の手に落ちている事を知らぬまま
手取川を渡り陣を張りました

これを知った謙信は3万7千の軍勢を率いて一気に南下
織田軍の6キロ北に陣を張ります

天正5年9月23日夜 数日来 雨が降っていました
謙信はこの雨をついて敵陣に突撃しました
突然の夜襲に織田軍は混乱します
得意の鉄砲も暗闇で相手が見えず 
雨で火薬が湿って使えません

合い言葉を駆使して
一糸乱れぬ攻撃を仕掛ける上杉軍に
織田軍は逃げ惑います
しかし背後の手取川は雨で濁流と化していました

織田の軍士 越後兵に遭い
その勢いに”けたてられ”
あまた溺死する(上杉家御年譜)
謙信は圧倒的勝利を収めたのです

手取川の戦いを織田軍がただ逃げただけとか
書いてあるものもあるが 
喰うか喰われるかの戦国時代
みすみす鉄砲の標的になる馬鹿もいない

謙信おそるべし 



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  • 上杉謙信

    Excerpt: その時歴史が動いた「謙信恐るべし」より・・・ 戦乱の世に生まれ命の危機にさらされていた謙信は 幼い時から寺に預けられ仏教の教えに触れて育つ。 Weblog: 賛嘆日記 racked: 2008-04-09 06:09